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 投稿者:K  投稿日:2007年 2月10日(土)04時44分38秒
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  澤藤統一郎の憲法日記

 10・23通達に基づく校長の起立・斉唱・ピアノ伴奏を命じる職務命令に違反したとして懲戒処分を受けた都立学校の教職員のうち、04年春に処分を受けた173名がその取消を求めて本日東京地裁に提訴した。
 これまでは人事委員会に審査請求をしていたが、人事委員会の公正な審査に期待できずと見切りをつけ、裁決を回避しての処分取消行政訴訟の提起である。
 いよいよ、本筋の訴訟が動き出す。係属は民事第19部。中西茂裁判長の担当となる。

提訴後の記者会見。
 本日の提訴に対する被告側の対応は、もう見えています。その立論の起点は、学習指導要領であって、憲法も教育基本法も出て来ない。
  「法的拘束力を持つ学習指導要領の国旗国歌条項」
  →「それを敷衍し具体化した10・23通達」
  →「10・23通達に基づく職務命令」
  →職務命令違反に対する懲戒処分
 これだけのことなのです。
 これは、とりもなおさず、教育内容について、
  国(文科省)→都教委→校長→教員
 という、上意下達の筋道を認めること。
 国の思惑が全国の学校現場に浸透すること。
 とんでもない。これこそ、国家が教育大権を掌握していた戦前の考え方です。

 旭川学テ最高裁大法廷判決はこの考え方を否定しています。
 予防訴訟の9・21判決も、学習指導要領の国旗国歌条項から教員への強制を導くことはできない。10・23通達は、「大綱的基準」を逸脱するものとして違憲違法。校長の職務命令は、明白かつ重大な瑕疵があるから無効で従う必要はない、と言明しています。


 つまり、「国(文科省)→都教委→校長→教員」というルートを認めず分断しているのです。
 教育は現場にあり、現場にしかありません。国が不当な支配をしてはならないことはもちろん、この点では教育委員会も同様なのです。

 本件は、「改正」前の教育基本法適用事案なのですが、今後の処分が「改正」後の教育基本法によって、有効となるか。そんなことはあり得ません。
 「改正」前の教育基本法は素晴らしい理念を掲げました。それが改悪されたことは残念です。しかし、「教育は不当な支配に服することなく」の文言は残りました。国や自治体の権力が教育を支配してはならないという大原則には変化がないものと考えるのが当然です。
 「改正」法16条は、「この法律及びその他の法律によって」教育の内容を決することができるような規定ですが、その法律は憲法や批准した条約の下位法でしかありません。国際人権規約(A規約)や子どもの権利条約に矛盾しない限りでの法律でなくてはなりません。
 これまでは、教育基本法一本でことは簡単でした。今後は、憲法・条約を丁寧に活用する必要に迫られることはあるでしょうが、けっして時の為政者が、時の多数派が作った法律であればなんでもできるということにはならない。
 やはり、教育は、学校現場の教師集団の創造的な活動によって営まれるのです。
 これを統制しようという発想が間違っているのです。

2007年02月09日(金)20:37 この記事のURL 日記 澤藤統一郎
http://www.jdla.jp/cgi-bin04/column/sawafuji/
 
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