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他人の言葉を捻じ曲げ歪曲し論難し、 どこまでもどこまでも居直るやり方の研修

 投稿者:増田都子  投稿日:2006年 2月26日(日)21時27分23秒
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  06年2月23日(木)の研修日誌
「○○指導主事による、他人の言葉を捻じ曲げ歪曲し論難し、 どこまでもどこまでも居直るやり方の研修」

  昨日の研修記録日誌において、「○○指導主事による、他人の言葉を捻じ曲げ歪曲し論難し、更に居直るやり方の研修」を施していただいたことにつき、私は『侵略』ビデオを「どうしても、見られない人は、見なくても、言葉だけでもかまわない」という私の発言の日本語内容と、これを○○指導主事が捻じ曲げ歪曲した「見たくなければ見ずともよい」という日本語内容とは、「全く異なっている」ものであることについて、懇切丁寧に説明した。

ところが、本日、○○指導主事には、あくまでも、私の発言中の「見なくても」とあるところから「見たくなければ見ずともよい」という日本語になるので、自分は、私・増田の言葉を「捻じ曲げても歪曲してもいない」と言い張られた。こういう態度に対しては、通常は、「どこまでもどこまでも居直るやり方」という日本語が適切な対応用語だと思われるのであるが、○○指導主事には、これも絶対に認められなさそうである。実に見上げた態度であり、素晴らしい「研修」を身を以って践み行っていただき、後学のために、大いに参考になった。

さて、『侵略』のビデオを教材とした授業が「一部の生徒が教室を出て、授業に参加できないという授業構成」であってほしいという○○指導主事&イチャモン付け課題作成者の期待とは、全く正反対に、中学生として順当な発達段階にあった私の生徒たちは、全員授業にきちんと参加して、学習目標に到達した。05年度の生徒のは、もう紹介したので、以下、03年度の九段中の生徒の意見・感想を、ほんの少々だけ紹介しておこう。

*私が思ったことは「ビデオを見せてくれてありがとう」ということ。次に私たちが日本の将来をせおっていくので、知っておくべきだったということ。これを全日本の学校で見せるべきだ! できれば政府の人達にも見せてほしい。見せれば政府の人達はどなりつけたりするかもしれないでしょう。「こんなことしておらん」って言うでしょう。政府の人達はうそを言わずに、ほんとうのことを言うべきです。もし、私が、このビデオを持っていたら、私たちの次をせおっていく人達に見せたいです。

*『怖い』とも思いましたが、後半では、「同じ人間なのに、どうして、こんなヒドイことができるんだ?」と腹が立ってきました。写真には「ここまで載せていいのか?」と思うものがたくさん出てきたけど、真実を伝えていくためには、やはり、そういう写真も載せる必要があるんだろうなぁと思いました。

*かなりショックでした。正直言うと。日本人は中国の方たちに、とてもひどいことをした、ということは知っていましたが、こんなにひどかったなんて・・・って感じデス。一番印象に残ったのは、やはりなんといっても細菌戦です。正直、これは絵でも辛い部分がありました。その理由として、一つは、日本人が、こんなことをやったという事実に驚きとショックがあったから。そして、もう一つは、きっと私が知らず知らずのうちに「見るのが嫌だ」という抵抗感を持ったから。たぶん、そうなんだと思います。その二つ目の理由の中心にあるのは、きっと細菌戦の被害者に対し、俗に言う「キモチワルイ」「コワイ」思いがあったんだと思います。

 こんなことを言うことは、とても失礼であると思うし、この意見を読んだ人は「なんてことを言うんだろう」って思うんじゃないかと思います。でも、私は、自分の中にある醜い心に気づいてしまいました。気づいたとき、正直、自分が嫌になりました。それに恐かったです。でも、私は、目をそらさず、しっかり受止めることにしました。事実を直視し、受止めるには時間がかかるかもしれない。それでも、そうできたとき、本当に「私」が変われるんじゃないかと思います。いつか、「キモチワルイ」じゃなくて、被害者の心に「本当の意味」で寄り添える自分でありたい。そう思います。だから、日本人がやった、この悲しい事実は、しっかり受止めるべきだと思います。それは、きっと、誰かの力になるための大きな歩みになる。そう、私は信じたい。

何がなんでも、『侵略』ビデオ授業は「一部の生徒が教室を出て、授業に参加できない授業構成」だ、ということにしたくてたまらない○○指導主事&課題作成者には、しかし、『いつか、「キモチワルイ」じゃなくて、被害者の心に「本当の意味」で寄り添える自分でありたい。そう思います。だから、日本人がやった、この悲しい事実は、しっかり受止めるべきだと思います。』という中学生の言葉が、心に届くかどうかは極めて心もとないが・・・人権尊重感覚とは、他人の尊厳を自己の尊厳として共感できることをいう。中学生でも順当な発達段階を示す、私の生徒達はそれを持っていることをしっかり表している。しかし、大の大人に「トイレに行ってきます」と言わせて平然たる人々には、とうてい、持ち得ぬものであろうと思量される。「えっ? 私たちの、どこ? どこが人権侵害してるんですか?」とか・・・ そういう人々が「人権尊重教育」を担当などというのだからブラック・ジョークの世界ではある。

 本題に戻る。生徒達の意見感想を見れば、通常の日本語理解能力を持つ人ならば、中学生として順当な発達段階にある私の生徒たちが、私・増田の適切な授業構成・指導により、『侵略』のようなリアルで残虐な大日本帝国皇軍の実態に正対し、考えていくことができるようになっていることを見て取るのは容易である。しかし、だからこそ、このような『イヤガラセ懲罰研修』を強要して「『侵略』や『予言』のビデオを使った授業をするな」と、どこにも excellenceが見つからない「指導」と自称されるものを、なされるのであろう。

これは教育基本法第十条が禁ずる教育内容・方法への干渉であることが明白である。それが、この、他人の言葉を捻じ曲げ歪曲してイチャモンを付け、それを指摘されても、どこまでもどこまでも居直る○○指導主事がなされる素晴らしい「研修」によって、ますます明瞭になるのは喜ばしい。
 
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